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 タイトル   作家 中勘助の 詩を詠む日々と平塚の自然
 期 間    10月 2日(土)~ 11月 3日(水)
 時 間             9:00 ~ 17:00
 会 場    平塚市 博物館 1階 寄贈品展示コーナー
          
 掲題タイトルのもと、平塚市博物館主催(本会協賛)による、中勘助の作品と、中勘助が住んだ平塚時代の自然環境をテーマとした展示会が開催されます。
 平塚ゆかりの作家中勘助をより深くご理解頂くと共に、勘助の文学作品、並びに往時から脈々と息づく平塚の自然環境に触れることが出来ます。
   (愛犬タゴのモニター展示による紙芝居も、ご覧頂けます。)
 是非とも、お足をお運びください。
      ※マスク着用をお願いします。
       体温37度5分以上の方は、ご遠慮ください。

1.基本方針
 より多くの人に中勘助を知ってもらうため、今秋に計画している博物館主催・本会協力の「博物館展示」を今年度の重点事業と定め、充実した展示会になるよう総力を挙げて準備に取り組み、来館者が感動する展示を行う。
 また、コロナウィルス感染防止のため実施出来なかった読書会・「平塚時代の中勘助の執筆活動」や「中さんの散歩路」を実施。  更に、次世代啓発事業として、小学生・中学生を対象とした事業を行い、併せて「ホームページの活用推進」を図る。
 
2.実施内容
(1)博物館展示事業
  〔仮称〕「中勘助の散歩路 ~作家中勘助と平塚の自然」
   主催:平塚市博物館 協力:平塚ゆかりの作家 中勘助を知る会
  〔開催〕10月頃 〔会場〕平塚市博物館 展示(寄贈品)コーナー
  〔期間〕約1ヶ月
(2)講演会 〔中さんの想い出〕 ※コロナ禍で延期
  ・講師: 文筆家 奥山和子氏
  ・開催時期: 博物館展示期間中に会の自主事業として実施
(3)読書会
  ・第8回読書会  「中勘助の平塚時代の著作活動」その1『銀の匙』の改訂   9月3日  ※コロナ禍で延期
  ・第9回読書会  「中勘助の平塚時代の著作活動」その2『代表作から』    7月中旬  ※コロナ禍で延期
   ・第10回読書会 「中勘助の散歩路を歩く」 (博物館展示期間中実施)    10月     
  ・第11回読書会 「中さんの詩を朗読しよう」 朗読参加者募集!     令和4年2月 
(4)次世代啓発事業
  ・小学生(3/4年)を対象に「中さんと犬のタゴ」の紙芝居を行う。
  ・中学生を対象に浜岳中学校へのアプローチ方法を協議
(5)ホームページ利用の活性化 ”HPは発信力が命” 会員の投稿を歓迎!!
  ・見たくなるHP魅力化作戦  見たくなる項目毎に再整理
  ・HPダイレクトメール作戦  メルアドの登録を促進しリニューアルの都度ご案内(サイトのワン・クリック表示)
  ・平塚の魅力発信作戦    大正末から昭和初期、中さんの平塚時代の豊かな自然など、昔と今の魅力を発信
              平塚ゆかりの作家 中勘助を知る会
                           会長 大蔵 律子

  写真提供 土岐勝信氏

 『銀の匙』の作家 中 勘助は、大正13(1924)年、40歳の時、平塚海岸(浜岳中学校東)に敷地150坪、建坪25坪の家を建て、その年の暮れから、昭和7(1932)年9月中旬まで、7年9ヶ月余り主に平塚に住みました。
その家は中 勘助が建てた生涯唯一の家でした。 平塚での生活は約500ページに亘る日記体随筆『しづかな流』に余すことなく描かれ、当時の平塚海岸地域の自然を詩情豊かに活写しています。
 
『銀の匙』を教材として国語の授業を行った神戸灘校の故橋本先生は、中 勘助の全ての刊行書のなかで最も好きだったのは『しづかな流』で、特に冒頭の「しづかに時の過ぎてゆくのをみるのは しづかな流れをみるやうにしづかである」は、まるで聖書の一句のようだと記されております。
 
平塚海岸は温暖な地で、当時は別荘地帯であったことから、勘助は家族(病弱な母 鐘と兄 金一)の避暑避寒のため平塚に家を建てたと記されております。
 
「平塚ゆかりの作家 中 勘助を知る会」は、このご縁を平塚の文化的遺産と捉え、5年まえ平成25(2013)年9月に発足しました。 これまで講演会、文学講座、文学散歩、詩集の発行、ゆかりの地の視察などの活動をしており、更に平塚時代の中 勘助を広く知ってもらうには、末永く存在する文学碑の建設が不可欠であると考え、全国の皆様に呼びかけを致しましたところ、多くの皆様のご協力を頂き、更には平塚市民活動ファンドの助成金を得て、桃浜公園に文学碑を建設することが出来ました。 竣工式は中 勘助の生誕日(明治18年5月22日)の平成30年5月22日に盛大に行いました。 皆様に深甚のお礼を申し上げます。 誠に有難うございました。  

建立された中勘助文学碑

往時の面影を残す月湘庵松並木

湘南平塚海岸

小説『銀の匙』で知られる大正から昭和にかけて活躍した作家、中 勘助の功績を伝える文学碑が先月22日、平塚市桃浜町の桃浜公園に完成した。 勘助は大正13年、40歳の頃に生涯で初めて家を建てたとされており、その場所が現在の平塚市立浜岳中学校付近だと云う。 7年9ヶ月の平塚での生活は『しづかな流』に多く書かれており、往時の平塚の自然や生活が鮮やかに描かれている。
 

     左から土岐さん、大蔵会長、落合市長

文学碑は高さ約1m、幅約1.3mの大きさで真鶴の本小松石を使用。 『しづかな流』冒頭の「しづかに時の過ぎてゆくのをみるのは しづかな流をみるやうにしづかである」と云う一句が勘助の直筆で刻まれている。 建設したのは「平塚ゆかりの作家 中 勘助を知る会」(大蔵律子会長)。 同会は勘助の功績を文化的遺産として後世に残すべく平成25年に発足し、講演会、文学講座、詩集の発行などの活動を行って来た。 平塚時代をより広く知ってもらうべく、昨年から碑の建設を検討。 今年2月に全国に寄付を呼びかけたところ、364人から約165万円が寄せられた。 これに平塚市民活動ファンドより32万円の助成を受け、建立を実現させた。
 
今も残る勘助の息遣い
 先月22日、勘助の生誕日に行われた竣工式には同会メンバーのほか、落合克宏平塚市長、勘助の妹の孫にあたる土岐勝信さんなど約100人が出席した。 大蔵会長は「平塚の文化的まちづくりとして将来に何かを残そうと建設を考えた。 こうして市民のみなさんと今日を迎えられて嬉しい」と挨拶。 落合市長は「市議時代に勘助について質問したこともあり感慨深い。 再評価の機運が高まれば」と平塚の魅力の1つになることに期待を寄せた。 土岐さんは「親族としても光栄。 多くの人が来てますます興盛となるように」と祝った。 朗読「糸の会」による詩の朗読も行われ、参加者らは文学に残る平塚の情景に思いを巡らせていた。
 
関連事業も多数
 『しづかな流』の中には昭和初期のなでしこの花や野鳥といった自然や、物売りや着物などの庶民の生活、地曳や ”高麗寺の市” などの様子や愛犬「タゴ」の話が詩や随筆として詩情豊かに描かれている。 先月29日には、これらの足跡をたどり、各地で詩を朗読するイベント「中さんの散歩道を歩く!」が行われ、30人程の参加者が浜岳中学校敷地内の松林や、尼寺「月湘庵」などを回った。
 黒部丘の和菓子店「杵若」では勘助が愛したキノコ、松露の姿を模した「松露まんじゅう」を制作した。 当時、防風林として多くの黒松が植えられ、現在もその名残が多くみられる海岸エリア。 昭和の初めは春になると松露がどっさりと採れたそうだが、今は全国的にも希少になってしまったという。 現在、市内4つの図書館で『しづかな流』を借りて読むことができる。 文学という側面から平塚の魅力に迫っては。
 
 ※本文は、6月8日発行の湘南ジャーナル(No.1816)から、転載させて頂きました。
 ※「中さんの散歩道を歩く!」については、「花水いきいき学級」に詳細を掲載  LinkIcon こちらをクリック

除幕式模様

「中さんの散歩道」詩の朗読

関係者一同記念撮影

イベントの講師は ”知る会 ”のメンバーが務めた

月湘庵は今も地域住民によって保存

”松露” の文字は大蔵会長の直筆

小説「銀の匙」などで知られる平塚ゆかりの作家、中 勘助の文学碑が完成し、同市桃浜町の桃浜公園で除幕式が行われた。
中は大正末から昭和初めまで平塚に住み、随筆『しづかな流』では平塚海岸の自然をみずみずしく描いた。
文学碑は「中 勘助を知る会」(大蔵律子会長)が呼びかけ、364人の寄付などを受けて出来上がった。 真鶴町産の本小松石に『しづかな流』の冒頭部分が彫られている。
 
大蔵会長は「晩年、中さんは『ご縁ですね』と云う言葉を良く使ったそうだ。 平塚と中 勘助のご縁を将来の市民にも伝えられる文学碑ができた」と喜んだ。
 
※本文は、5月25日発行の読売新聞(地域版)から、転載させて頂きました。(2018年)
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